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Endless SHOCK 梅田芸術劇場 2014.9.13

去年初めて梅田芸術劇場で公演する事となったEndless SHOCK。帝国劇場で2000年の秋に「MILLENNIUM SHOCK」が公演され、2012年には博多座でも公演する事となり、そしてついに関西まで。この舞台の為に改装工事が行われる程望まれ、期待され、そしてそれ以上の結果を残し、また今年もこの劇場での公演が決定した。一度観劇した人ならきっとわかるだろう、彼が数十年走り続けた道のりは、少しずつではなく瞬時に人々を魅了してしまうのだ。どうしてこんなにも我々は彼に魅了され、手を伸ばしてしまうのだろう。光一さんは「自分の持つ力」を周りの人々のおかげだと主張するのだ。支えてくれる人がいるから自分はここまで走り続ける事が出来る、ずっとずっと、どんな場面でもそう言い続けてきた。何があっても妥協は許さない彼の姿に、共演者やスタッフは「この人と仕事がしたい」と思わせ、観客はもっともっとその姿を欲しがってしまう。作られた道を彼が走り、人々はその背中を追いかけていくのだ、ずっと前だけを見て走って欲しいと願いながら。EndlessSHOCKとは、彼のそんな生き方そのものである。
 
 
そんなわけでこの度母親と一緒に観劇しまして、お馴染みのSHOCK痛(力入れて観劇するせいで次の日足と腕が筋肉痛になってしまう現象)になった私です。今年の2月に帝国劇場で既に変更箇所などは把握していたのですが、なんせ何回見ても本当にSHOCKには大量のエネルギーを奪われ、そして明日から生きる活力を頂く。光一さんはソロコンサートでも自分の全力で頑張っている姿を見せて、明日から皆さんも頑張ってくださいとよく仰るのである。その言葉通り、私の中で光一さんのソロ活動や舞台を観た後は「明日からも頑張ろう」と思い、逆におつよしさんのライブに参戦した後は「いろんな人に感謝しよう」と心潤して帰るのだ。話がそれた。正直言って、Endless SHOCKの光一さんは、とにかく汗にまみれ、どろどろになって、へろへろになって、ぼろぼろになって、それでも、一瞬たりとも目が離せないのだ。
 
ここ数年のことだが、内くんがライバル役に抜擢され、ふぉ~ゆ~がこの舞台に関わるようになって、私の中でのSHOCKの観劇ポイントがいろいろと変わってしまったのである。今まで私は光一さんしか注目していなかったけれど、彼等がこの舞台に立つようになり、コウイチという役の考えている事が全くわからなくなったり、逆になんて不器用な人なんだ!と哀しくなったり、そして一番は「ライバル役」の目線でSHOCKを楽しむようになった。内くん演じるライバル役は当初、いや今もだけれど賛否両論である。屋良くんの実力、築いてきたもの、そして何よりこの舞台との歴史と重みがあった。が、しかし、内くんが全く同じライバル役を演じたことにより、非常にあの役がシンプルに、わかりやすいものになってしまったのだ。コウイチに対する憧れ、けれど絶対に追い付けない。それを内くん演じるライバル役は、自分でもわかっているのだ。わかっているけれど認めたら終わってしまう。だからコウイチに反発し、違う道を走りたい、走れないという格闘が非常にシンプルに伝わってくる。
 
光一さん自身も内くんのライバル役に関して、「自分の弱い部分をそのまま役に反映させてくる」「でも内はダンスもヘタクソだし、気持ちも弱い。だけどそれを逆に自分のエネルギーに変えて爆発させるタイプなので、未知数なんです」「屋良はあの役を"実力は申し分ないのにトップには立てない男"としてとらえて、その苦しみを表現してくる。内の場合は"絶対に追い付けません!"って悲しみを表現してくるからね」と仰っていて、なるほど!と納得してしまった。ここで勘違いしてはいけないのは、屋良くん演じるライバルも非常におもしろいのである。彼はライバル役を演じるのは2度目になるが、以前まではもはやコウイチに対する感情が憎しみであった。なんせ屋良くんは小さい身体で表現するパワーが凄まじく、そして目力がある。刀すり替えるなんて小賢しい真似しなくてももうほんっとそのまま刺してしまうのではないかと思えるほどの・・(当時本当に怖かったのです、あまりに上手すぎて)。先程の光一さんのお言葉通り、屋良くん演じるライバル役は本当に申し分ないけれど、コウイチがいるからトップに立てないという難しい感情を演じている。なのでもう本当に、言ってしまえば、屋良っちのライバル役は完璧なのである。けれど内くんの毎年の成長っぷりたるや!!!!!!今年の内くんの演技に、実は私は初めて涙を流してしまった。第二幕の「和解」のシーンである。あの屋良っちの演技は本当に、観劇するたびにわかっているくせに泣いてしまうくらいだったのですが、先日の梅芸で私は内くんに泣かされることになってしまった。これはもう多分個々の受け取り方によるので何とも言えないのですが、とにかく、本当こんな上から目線で何様だよっていう感じで本当申し訳ないのですが、ひたすらに可愛い。内くんのライバル役はほんとうに可愛い。お前はステージに立つなって言われた時のぐしゃって悲しそうな顔とか、もうほんとかわいい。毎年毎年内くんの成長っぷり、そして屋良っちのさらなる挑戦にときめいています。1年で2人のライバル役を観劇できる贅沢ったらない。
 
余談にはなりますが、ドキュメンタリーに収録されている、台詞読み合わせの時に「どの席座ってもいいんですか」って聞いて迷わず光一さんの隣に座っておにぎりもぐもぐしてるのとかすごい、すごいよ、なんだこの子すげーよって感動した思い出。私が入った時も必ずカーテンコールで手叩きながら光一さんにいっつも話しかけてる。光一さんも普通にうんうん聞いて二人で笑っているので、ああ、仲良くなっちゃってまあ・・と微笑ましい光景である。
 
そしてウチのおかげで私はライバル役に感情移入する事ができ、新しいSHOCKのストーリーを発見することになる。例えば一幕ラストのジャパネスク。本物の刀だと気付き凍る共演者を眺めて笑う、ウチの目の前にコウイチはその刀を突き刺すあのシーン。戸惑うウチを見て、イラついたように「抜けよ!!!!!!!!!!」と叫び、そしてコウイチは笑ってみせるのだ。私は背筋が凍った。狂気でしかない。だってコウイチが何を考えているのか、ウチを含め共演者も理解できていないのだ。ショーは化け物というのなら、あの時既にコウイチは取り憑かれてしまったのかもしれない。
 
そして恥ずかしいことに、先日初めて気付いたのが、コウイチが階段から落ちた後、ウチは自分の両手を、辰巳は血塗れの刀を、リカは下にいるコウイチを見ながら首を振り現実を受け止めようとしない、階段上の三者それぞれの行動。いつも光一さんをガン見していたのですがこの度その三人の行動にすこぶる感動しました。それこそ辰巳だってコウイチが復活するまでずっとずっと自分の罪を抱えてステージに立ってきたのだ。わーーーもっとはやく気付きたかった・・そういえば今回のリカ役の入来茉里ちゃん、私が観劇したのが2月初っ端だったのもあるんですが、すごい堂々としてて綺麗でした。歌声も伸び伸びしててONE DAYすごい感動。私の大好きなソリタリも、シェイクスピアの高笑いも素敵でした。ウチとのやりとりも完璧。
 
大好きなシーンは本当に数え切れないし選びきれないのですが、コウイチと光一さんを重ねてしまうシーンが多々ある。例えばオーナーが「走り続けるのって疲れない?」という言葉に対し、コウイチは震える声で「‥立ち止まれって言うんですか!」と聞き返すシーンがある。私はこのシーンに酷く胸が抉られてしまう。その後第二幕でに「立ち止まった奴は、切り捨てられるんだろ‥?」とライバルが問いただす台詞があり、俺もう疲れたよ、と泣き崩れる。きっとそんな人は彼の周りにたくさんいたのだろう。立ち止まった人を無理矢理引っ張ることを、コウイチはしない。何故ならば自分は止まってはいけないからだ。少なくとも、20代の光一さんはそうだったはずだ。久々に昔のしょっくDVDを観たらもう本当に驚く。舞台挨拶の声の小ささ、視線の鋭さ、自分自身と闘い周り全てを敵とするような生き方、まさにコウイチである。
 
「俺たちはひとつ苦しめばひとつ表現が見つかる。ひとつ傷つけばまたひとつ表現が作れる、ボロボロになる。…その分だけ輝けるんだぞ。もう、自分を殻に閉じ込めるのはよせ。」
劇中でコウイチがライバルにこう告げるシーンがあるが、なんとも美しく悩ましい矛盾である。本当は苦しめたくないし傷つけたくもないしできればのびのびと舞台をやって欲しいものだけれど、光一さんはこれからも自分の身体の限界まで走り続けてそして観客もまたその姿に溢れんばかりの涙を流し感動し拍手する。そうすることでもっともっと素晴らしい舞台になる。けれど光一さんにはたくさんの人が周りにいて、愛され、魅了し続け、支えられ、挑戦を続け、座長として走り続ける。有難いことに来週、そして来月の博多座で観劇する事が出来るので新たに多くの発見をしていきたい。
 
あとまた関係ない話にはなりますが、SHOCK観劇後に宇多田ヒカル氏の「桜流し」を視聴されることをオススメします。数年後のリカだと思って聴くと、涙が止まりません。毎回観劇後にこれやってひとりでフローリングに爪立てながら泣いてます。嘘です。SHOCKごっこが楽しい毎日です。はやく髪がのびますように!!!!!!!!(本音)